いぐあなとうふ店:きまぐれ文筆&情報ブログ byいぐあな豆腐

いぐあな豆腐の、しがない個人ブログです。お豆腐は売っていません。

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【コンセプト小説】魔女と私と機械仕掛けの戦争

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一.プロローグ

「ねぇ。どうしてこの戦争が始まったの?」
「え……何……?」
 波打ち際で、空飛ぶ箒に腰掛けた魔女が私に問いかける。
「だーかーら。どうして、貴女たち外国の兵隊さんは、はるばる海の向こうからやって来て、この国の人たちを殺さなくてはいけなくなってしまったの? と、戦争が始まった理由について聞いているの」
 見間違いなどでは無い。私の目の前に居るのは、魔女だ。彼女は、黒き森の恐ろしい魔女に違いない。
 ああ、そうか。私は死んでしまうのか。
「もう、逝ってしまうのかしら? 死ぬのは仕方の無いことだけれど、私の質問に答えてからにして欲しいわ」
 傷だらけの身体を黒い砂浜に力なく横たえる。おびただしい数の兵士の骸と、無骨な鋼鉄の残骸の群れが静かに佇むその場所に、北海の海水が荒々しく打ち寄せている。しかし、最早、水の冷たさは感じない。
「ごめ……ん……なさい……」
「どうして、謝るのかしら。私は、貴女を責めている訳ではないのよ」
 彼女は、私を迎えに来た《死神》なのだろう。死神は、その人が一番怖いと思う物の姿形で、死の間際に現れると聞いたことがある。つまり私は、魔女が怖い。私は、幼い頃に祖母や母が読み聞かせてくれた『魔女伝説』の童話が怖くてたまらなかった。黒き森から子供を攫いにやって来る魔女が、たまらなく怖くて。それでも、子供の私は、物語には興味津々で。毎夜寝る前に物語の朗唱をせがんでは、一人で寝られず、母に泣きついていたものだ。
「さあ、安心なさい。そして、私の質問に答えて。さすれば、安らかな永遠の眠りに誘われるわ」
 だから、私の前に現れた彼女は“私の死神”に違いない。
「ごめん……なさ……い……」
「……ねぇ。あなた、私の話を聞いていた? 怒っていないってば。私の存在が分かるかどうかは別として、あなた以外は、みんな死んじゃってるみたいだし。だから、あなたには、息があるうちに、この戦争が始まった理由を教えてほしいのだけれど」
 魔女に苛立ちが見え隠れする。私は、魔女と死と――両方の恐怖に怯え、涙が止まらなくなる。
「お母さん……ごめん……ごめんなさ……おかぁ……さ……ケホッ」
 舌と唇が空転する感覚。声が、どんどん出なくなって掠れていく。先ほどまで生温かった脇腹や首筋の銃創に、砲弾の爆発で額に負った裂傷からは、血の温もりさえ感じられなくなり、それどころか、首から下の身体の感覚が、今はもうほとんど無い。
 私は、とうとう死んでしまうのか。怖いな……。寂しいな……。家族に、会いたい……。
「ごめ…………ごめ……ご……ね……」
「ハァ……まったく、度し難い子ね。久々に、私とお話のできる子と出会えたのに……とても残念かしら」
「まぁ、いいけれど。他の子に会いに行くから。さようなら」
 魔女の姿をした死神が、少しだけ名残惜しそうに、私に別れを告げて箒に跨がり、曇天の空へと、ゆっくり舞い上がって行く。その姿は、まさに私が知っている魔女伝説に登場する“黒き森の魔女”の姿そのもので、私の瞼が自然と閉じて、世界が闇に落ちる前の、最後の光景となった。

 自分の意識だけが取り残された世界。何も見えず、まるで水の中に居るように、微かに聞こえるのは、私の弱々しい心臓の鼓動と、空気が喉を通る音。

「ハァ……ハァ……はっ……は……」

「……は……な……咲く……きせ……つ……ブナの……森……」

「暗……き……森……より……ま……じょ……た……ち……は……」

 魔女伝説で唱われる童謡『魔女の宴』の冒頭(ヴァース)――
 
  花(はな)咲(さ)く季(き)節(せつ) ブナの森(もり)
  暗(くら)き森(もり)より 魔(ま)女(じょ)達(たち)は
  詩(しらべ)を奏(かな)で 辿(たど)り着(つ)く
  もののふ為(な)らざる 幼(おさな)子(ご)に
 
 ――春になると、暗き森に住む魔女達が人里へ姿を現わし、お調子者や悪戯好き、親不孝者など、性悪な少年少女を攫っていく。そして、攫った子供を生贄に、春の訪れを祝う『魔女の宴』を催し、ときにその血肉を喰らう。
 これは、世にも恐ろしい物語の童謡だ。母と祖母に粗相を叱られては『魔女が迎えに来るぞ』などと言われながら、歌って聞かされ、幼い私と妹を震えさせた――そんな歌を今際の際に口ずさむ。親不孝者で、ごめんなさい。私は、遠い異国の地で、魔女の生贄になります、と。
 私は、後悔と懺悔の念に満ちた瞳から、一筋の涙を流す。そして、乾いた唇から漏れる掠れた歌声で、『魔女の宴』を口ずさむ。
  
「詩……を……奏……で……ゲホッ…………。た……ど……り……つ…………く………………」

 ああ、だめか。もう、声が出ない。
 
 ………………

 …………

 ……

「もののふ為らざる、幼子に」

 遠のく意識の中――最期に、誰かが私の額を優しく撫でて、そっとキスをしたような気がした。

二.死神に見捨てられた少女

-北星歴一七九四年六月 ヴァルドブルグ連邦共和国 グウィンツヴァイ女子収容所-

「――集合ーッ!! 捕虜は全員、横隊に集合ーッ!」

 収容所内に、甲高いホイッスルの音が鳴り響く。さらに、耳障りな手回し式サイレンが、けたたましく鳴り響き、辺りの雰囲気が明らかに慌ただしくなる。
 太陽の下、何重にも高くそびえ立つ鉄条網の内側で、汗だくになってジャガイモ畑を耕していた私は、慌てて鍬を放り、駆け足で広場へと向かう。

「虜囚ーッ、気を付けェッ! 右へー、ならえッ!」

 声を張り上げる看守の号令。私たち捕虜一同は、断片的に覚えさせられた敵国語の号令に従い、定められた手順で、素早く八列横隊に集合し、姿勢を正す。
 そして、『右へならえ』の号令で、私は、自分の右隣に整列した同盟国女性兵士の胸へ、わざとらしく張った自身の胸の動線を合わせる。
 
 ……いつも思うのだが、やっぱり、私の《胸板》は、他の人より少し薄いのかもしれない。兵士になってからは、自分なりに身体を鍛えてきたつもりなんだけど、どうやらまだ大胸筋の鍛え方が足りないみたいだ。いや、断じて、他の人より胸が小さいとか、そういう訳では無くって。きっと、大胸筋の鍛え方が足りないか、若しくは、胸板の骨格的な厚さが平均よりも薄いだけ。いや、むしろ隣の女の胸がデカすぎんじゃない? あー、やだやだ。

「直れッ! 番号ッ!」

 捕虜たちが、一斉に隊列の真っ直ぐ前方へ向き直り、各列の最右翼から順番に「一、二、三、四……」と、自分の並び順に当てはまる番号を叫ぶ。
 私は、後ろから三列目の、「十一」番。ヤケクソ気味に、元気よく、叫ぶ。

「女性軍人捕虜、総員九六名! 欠員無し! 現在員九六名ッ! 整列完了致しましたッ!!」

  私たちを横隊に集合させた野戦服姿の看守が、将校の制服を着た初老の男に向かって敬礼し、捕虜の点呼完了を報告している。報告を受けた将校は、看守へ答礼すると、腰の後ろに手を組んで、私たちに向き直る。

「休め」

「休めッ!!」

  将校の言葉を、看守が私たちに向かって大声で復唱する。これは、私たち捕虜を自軍の部隊と仮定した場合、その指揮官は、あくまで看守の方になるという軍隊独特のルールだ。だから、私たちは、隊列を組んでいる間、彼の命令以外に従ってはならない。よって、彼は、自分の上官である将校から『捕虜を休ませろ』という命令を受け、私たちに自らその命令を下したのだ。入隊当初、この理屈になかなか馴染めなかった私は、誰かに『休め』と言われれば、素直に従ってしまったので、教育部隊(ブートキャンプ)では、散々な《扱き》を受けた。その点については、ある意味、百戦錬磨の古参兵(ベテラン)といっても過言ではない。
 ま、その甲斐あって、今ではちゃんと、反射的にみんなと同じ部隊行動ができるんだけど。きちんと失敗から学ぶ姿勢って大事よね。うん。偉いよ、私。

「侵略軍捕虜の諸君、おはよう。時間が無いので、端的に説明する。現在、当収容所近郊で、我が軍の精鋭が、侵略部隊を相手に、作戦を圧倒的優勢で展開中である。戦闘は間もなく終結し、当収容所は臨時野戦病院として、我が軍の戦闘部隊が使用する予定だ。よって、諸君らには、直ちに当収容所からの移動を命ずる。移動先は機密事項に当たるため、公表しない」

 流暢に敵国側の公用語――つまり、私たちの言葉を話す見慣れぬ顔の将校。短く刈り揃えられた金髪、高い鼻筋に灰色の瞳で、いかにもヴァルドブルグ人といったお手本のような顔つきだ。瞳の色よりも濃いグレー色の軍服と制帽を着用し、軍服の胸には勲章やメダルの類が目立つ彼は、私たちとは違い、泥臭い最前線で戦うことは無く、普段は司令部のオフィスで書類に判を押しているような人間なのだろう。
 しかし、私自身も含めて、そんな些細なことを必要以上に気にする捕虜はいない。そんなことよりも、私たちは、唐突に告げられた移動命令に困惑し、ヒソヒソと小声でどよめく。

『移動って……どこに?まさか、強制収容所じゃないわよね?』
『歩いて行くんでしょうか……嫌だなぁ……』
『ここよりまともな場所なんて、期待しない方がよさそうね』

 ……あれっ、移動?ちょっと待ってよ。それじゃあ、私が今日まで汗水流して耕したジャガイモ畑は、どうなるの?畑にジャガイモが実れば、やっと、《顎がどうかしてしまいそうなくらいカチカチに干からびたライ麦パン》と、《異臭のする謎の干し肉》の食事から解放されると思っていたのに。楽しみにしていた収穫の前に移動だなんて、あんまりだ。
 ……いや、正直さぁ、曲がりなりにも軍人としてさぁ、敵国の捕虜収容所で耕した畑のジャガイモなんかに固執するのはさぁ、どうかしてるとは思うけどさぁ。それでも、それでもさ……私は、鍋でふかしたほくほくのジャガイモが食べたかったの。本当に、食べたかったの。

「静粛に。以上だ。直ちに移動開始。別れ」

  将校が指示を終えて立ち去るとともに、収容所のゲートが開放され、数台のトラックが、私たちのすぐそばまで、良い勢いで走って来る。普通の輸送用トラックとは違い、荷台には、窓の無い無骨な鉄製のコンテナが載せられた護送車のようなトラックだ。
 私は、特に敵軍の車両に詳しいわけではないし、そもそも、初陣早々死にかけて、しかも捕虜になってしまった情けない|新兵《ルーキー》なのだが、そんな素人目から見ても、このトラックの異様さには、何か嫌な胸騒ぎを覚える。

「虜囚は直ちにトラックへ乗り込め! さあ、もたもたするな! 早く乗れ! さあさあ!」

 護送車のコンテナに取り付けられた仰々しいハッチが開かれると、中へ乗り込むよう、看守の面々が私たちを急かす。最早、整然と八列横隊を組んだことなど、意に介されず、背中や尻を素手やライフル銃の銃床でバンバン、ベシベシと叩かれ、トラックの荷台に押し込められる。看守の多くは女性兵士とはいえ、収容所の警備と防衛を担う戦闘警備隊には男性兵士もそれなりの数が混じっているものだから、尚更良い気はしない。幸い、私が今までに彼らからそういう何かをされたことは無かったのだが。

「狭っ!これ、一体何人乗ってるの……」

 護送車に押し込められると、一カ所しか無いハッチが閉じられ、コンテナ内が真っ暗闇に包まれる。当然、座席などは無いようで、一体、何人の捕虜が箱詰めされたジャガイモのようにひしめき合っているのか、見当も付かない。そして、私たちが落ち着く前に、トラックが騒々しいエンジン音を上げながら急発進する。 

「ばかやろー! 私たちは、タマネギでもジャガイモでもないんだぞ!!」

 

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